情熱日誌

ホーム > 情熱日誌 > 出来島 健大のプロフィール詳細

出来島 健大のプロフィール詳細

このエントリーをはてなブックマークに追加

私の使命は設計技術を利用して、店舗に必要な機能を考えて、具体的に設計図をつくり、設計施工を合理的、効率的に行いコストを削減しながらクオリティの高い店舗空間を提供すること。信頼を裏切らないことを大切にしています。

 

 

 

建築士 出来島 健大の略歴

 

出来島健大(できじま たけひろ)1985年12月12日生まれ。丑年、いて座、B型、大阪出身 大阪市都島区在住26才。実家で暮らしています。

 

●子供のころの思い出

3人兄姉の二男で、父は製造業のサラリーマン、母はピアノの先生で年に一回は家族で国内旅行に行き、お正月は親戚とみんなで温泉に行く仲の良い家庭で育ちました。

 

スタッフ紹介でき.jpg

 

 

小学二年生から兄の影響をうけて野球をはじめ、センターとピッチャーをやりながらプロ野球選手を夢見ていました。小学校6年生の時に野球の大会(関西の開会)で優勝して台湾遠征にきました。

 

 

●野球に明け暮れていた青春

中学校、大阪都島硬式野球クラブチームに入部。そこでフルサポートの施工を管理している野々村と出会いました。

 

3年間ライトを守り、(控え投手)として活動し、中学3年生時の全国大会予選準決勝で金光大阪野球部の桜井部長が声をかけてくださり、推薦が決まりました。

 

高校時代は、スポーツ推薦のクラスがあり、同じ野球部のメンバーの他にサッカー、卓球、柔道など体育会系の雰囲気が楽しく、本当に充実した生活を送っていました。(高校1年生で初めて彼女ができました)

 

 

●卒業後の進路

大阪工業技術専門学校建築学科に入学。建築の基礎を学び、その後、建築実務専科に進学、2級建築士の資格を取得しました。

 

出来島3.jpg

 

●ただ、ガムシャラに

専門学校卒業後、はじめて入った会社を1年で退職。大きい仕事を求めて考えなく東京に向かっていました。今思うと大きい仕事への憧れが強かったんだと思います。

 

東京で入社した設計事務所では、設計の基本(プランニングから工事用図面)を学びました。大きい倉庫から超高層のマンション、ガンバスタジアムのプレゼンなど良いを経験させて頂きました。

 

東京での武者修行を終え、さらなるキャリアアップとして、建築にかかるコストを抑えることを提供する会社に就職。設計としての業務の付加価値としての建物・土地の利用の方法を学びました。

 

 

●いいものを提供できていないのでは?

仕事が好きで、成長したいと心から思って進んできましたが、毎日の業務に追われて週に2日は徹夜、睡眠時間も本当に短くなってきた頃に疑問を感じるようになってきました。

 

それは、「いい物を提供出来ていないのでは?」という感覚でした。

 

そんな疑問を感じている時、共通の知人の紹介で知り合った大屋から、フルサポートに来るように誘って頂きました。難波ニュージャパンのサウナで。

 

がんばっている姿(いいものを作っている、楽しく働いている姿)に共感してフルサポートにお世話になることを決意。現在に至ります。

 

 

 

 

 

 

2012年1月31日 カテゴリ:

カテゴリー

最新記事

検索

Loading

フォローする

フルサポメンバーズブログ

お問い合わせフォーム

ページの先頭へ